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ちらつく国家無答責の法理の幻影 子どもの教育を受ける権利を守る

 弊社ブログ記事「子どもの教育を受ける権利」は、今年2月末の全国一斉休校措置に対する疑問を表したものでした。おそらく不動産取引に関係しない多くの方々にもご覧頂いているようで、弊社ブログ記事の中では断トツの閲覧数となっています。あらためてご覧頂いた方々に感謝申し上げます。ちなみに2番目に閲覧数が多い記事は、「財産権の保障をすり抜ける自粛要請」でした。

 

【すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。】日本国憲法第26条より。

 

 ところでこの数日間の政府のコロナ対策の迷走ぶりが気になります。「GO TO キャンペーン」以降の感染者数増加傾向にも関わらず、キャンペーン運用見直し機運をスルーして「静かなマスク会食」を呼びかけたかと思えば、過去最大の感染者数がカウントされた途端にキャンペーン運用見直しに舵を切る現状。

 

 また「GO TO キャンペーン」と感染者数増加の相関性に対する疑念に関して、「GO TO キャンペーン」利用者へ新型コロナウイルス接触確認アプリ「COCOA」を義務付けではなく推奨にとどめている点から、はじめから感染者数増加をキャンペーンのせいにされたくない意図があったのではないかと勘繰りたくなります。

 

 そんな混とんとした現在の状況は、全国一斉休校措置の時期とダブって見えます。「新型コロナ対応・民間臨時調査会」の報告書にもあるように、全国一斉休校措置への突然の方針転換は政府内部でも意見が分かれていたようです。当然ながら、現時点でも教育現場における影響は解消されていません。

 

 【何人も、公務員の不法行為により、損害を受けたときは、法律の定めるところにより、国又は公共団体に、その賠償を求めることができる。】日本国憲法第17条より

 

 政府がその責任において要請した全国一斉休校措置により、子どもの教育を受ける権利は侵害されました。現在の日本では、日本国憲法第17条に基づく国家賠償法が定められています。それに対して戦前の旧憲法下は、「国家無答責の法理」が適用されるという無責任な状況とされ、軍属ではない民間人の戦争犠牲者にたいする補償は戦後無視され続けています。「国家無答責の法理」という切り捨て御免のような道理がまかり通る非人道的な時代を、過去のものと考える事は間違っているのでしょうか。

 

 はたして法治国家として人権侵害に対する行政責任の所在を問う声は政府へ届くのか。そして何より、子どもの教育を受ける権利が侵害されるような場面が、今後再び訪れることの無いよう祈ります。憲法改正云々を語る前にやるべきことは山ほどあります。      R.02.11.22