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相続制度は誰のために 富の偏在と軍拡

 令和3年12月に国税庁より公表された「令和2年分 相続税の申告実績の概要」を見ると、令和2年分における被相続人数(死亡者数)は1,372,755人、そのうち相続税の申告書の提出に係る被相続人数は120,372人、課税割合は8.8%とあります。亡くなった方のうち相続税を納める必要があったのは8.8%、つまり9割以上の方にとって相続税が発生していないことになります。

 

 財務省の税制関係パンフレット「もっと知りたい税のこと」で相続税について以下のような記述があります。

 

 「相続税は、相続等により財産を取得した場合に、その取得した財産に課される税です。財産の価額が高くなるほど税率が上がる累進税率を適用することで、資産の再分配を図るという役割を果たしています。」

 

 人は生まれた境遇によって、そのスタート時点から大きな格差を強いられます。近年「親ガチャ」という言葉が生まれた背景には、子どもの視点で見る社会の不平等が放置され続けた現実が横たわっています。その不平等を解消するために必要となるのが資産の再分配です。本来相続税にはその役割があるはずなのですが、資産の再分配には程遠いのが現実です。

 

 J-STAGEという「国立研究開発法人科学技術振興機構 (JST) が運営する電子ジャーナルプラットフォーム」において、とても共感する記事を見つけました。2017年に発行された佐々木弾さんによる「現代社会における相続の意義と役割に対する批判的論考」という記事です。

 

 「我々の目下の関心事であるところの相続に関して言えば、より重要なのは被相続人の間の平等ではなく、相続人の間における平等のほうである。相続人たちのうち、巨万の富を相続する者と、言うべき相続財産の無い者たちとの間の「垂直的不平等」が、一般贈与税よりも割安な相続税制のおかげで充分な再分配を施されずに残存してしまう、という問題がある。また、受贈額が等しければ、相続税のほうが一般贈与税よりも安い、という相続人と一般受贈者との間の「水平的不公平」の問題もあり、これらが本論の出発点となっている。」

 

 相続税対策といって空き家問題の一因ともなるアパートを建てたり、法人設立や保険商品の売買など様々な「節税」対策など、一大産業化されている相続ビジネスは、本来社会の不平等を解消するために再分配されるべき原資によって成り立つものです。「令和2年分 相続税の申告実績の概要」を再び見ると、課税価格の総額は 16 兆 3,937 億円、申告税額の総額は2兆 915 億円とあります。単純に課税価格の12.7%程度しか納税されていない計算となります。年々下げられてきた相続税の最高税率は55%ですが、先にも述べたとおり国民の9割以上は関係のない話です。

 

 佐々木弾さんの記事に戻ります。

 

 「遺すべき資産を有する者とそうでない者との間で「垂直的」不平等を温存する制度であると言える。相続税を一般贈与税等よりも低く課すことにより、富裕な被相続人の遺産動機を助け、富がその直近親族へ優先的に移転されるからである。更に、同程度に富裕な物故者同士の間に於いて、直近親族への贈与を欲する者たちが、親族以外の他人への贈与を希望する者たちに比べて優遇されるという「水平的」不平等をも招致する。」

 

 「○ 直近親族への利他効用を、他人への利他効用よりも優遇する謂わば「家族主義」○ 死後消費の執行を直近親族に託すことを、他人に継がせるよりも是とする謂わば「家業主義」○ 親族による介護を他人による介護よりも是とする謂わば「忠孝主義」といった保守的・伝統的価値観を持つ者たちから見れば(傍観すれば)納得の行く、従ってそのような者たちにとって(直接の利害当事者でなくとも)経済外的効用の高い、制度設計であると言えるだろう。」

 

 「将来世代、即ちこれから生まれてくる子どもたちは、当然ながらどの世帯に生まれるかを主体的に選択することはできない。にも拘らず彼らの享受できる効用は、その偶然生まれてきた世帯の社会経済的階層とそれに伴うリソースの多寡によって、否応無く影響を受ける。正確に言うと、そのような影響を受けずに済むような予防策を、現行の法的・社会的制度設計は講じてくれていない。更に言うならば、そのような策を「講じない」というコミットメントを間接的に発信しているのが、他ならぬ相続制度そのものである。何故ならば、相続とは単純に言えば「親の財産を子が引継ぐ」、要するに「親の因果が子に報いる」ことに御墨付を与える制度だからである。」

 

 「米国等にその典型を見るこの経済的徴兵制が機能するための必要条件の一は、教育的・経済的に貧しい若者が大量に存在することである。民間における就業などの経済的機会に乏しい彼らにとって軍役に就くことが相対的に魅力的となり、時にはそれが事実上唯一の活路となることを利用して人的軍拡を目論む、というのが経済的徴兵制の定義に他ならないからである 。」

 

 経済的徴兵制に関して、「自由民主党の 2012 年総選挙マニフェストには、大学 9 月入学化を利用したギャップターム活用法として、なんと自衛隊等における体験活動を選択必修化する案が明記されていた」そうです。教育無償化に消極的な理由がなんとなく理解できます。

 

 多くの戦争は国の経済的な発展、つまり大企業の利益のために始められました。そして戦争になれば最前線に立たされ真っ先に殺されるのは経済的徴兵制によって招集された若者です。金持ちの欲望のために貧乏人の若者が命を懸けて戦うのが戦争です。経済学者ジョン・ケネス・ガルブレイスの著書「悪意なき欺瞞 発行:ダイヤモンド社」の言葉を引用したいと思います。

 

 「爆撃による破壊と殺戮を正当化し、爆撃を行なった軍人を英雄扱いするのも、結局のところ、戦争にコミットする企業なのである。」

 

 最近、一昨年の弊社ブログ記事「寄生地主と勤労の義務 土地所有権の確立が生んだ不平等」を読んでいただく方が増えています。日本国憲法の趣旨のひとつは社会の不平等解消だと考えています。現在の格差社会に不満や違和感を持つ多くの方にこの佐々木弾さんの論考を読んでいただきたいと思います。今現在、日本がどのような方向へ向かっているのかを知るためにも。      R.04.08.08