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誤訳と忖度 オバマ氏回顧録がニュースになった理由

 先日のブログ記事「The end of the innocence 無邪気なままではいられない時代」で、ドン・ヘンリーの名曲「The heart of the matter」の歌詞を引用しましたが、その歌詞に「even if」という表現があります。教科書などでは「たとえ~でも」という譲歩表現と教わります。ここまでは高校英語の段階ですが、ネイティブ表現では「even」が省略されることも多いようです。今回のブログはオバマ氏回顧録のニュースにおける誤訳についてです。

 

 もやもやした気持ちが収まらないのは、鳩山由紀夫さんだけではないでしょう。お粗末な英語翻訳レベルを示したとなるだけでも、日本は国際社会から笑いものにされるでしょうし、誤訳がニュースとなったことを当のオバマ氏が知ったなら、笑い話では済まされないかもしれません。残念ながら本日2020年11月22日の正午時点でも誤訳に関する謝罪はないどころか、誤訳記事がネットで閲覧できる状況です。

 

 主節と従属節の関係も理解せず、接続詞の「if」を「but」のように訳したり、そもそも文脈を無視したり、誤訳というレベルを超えています。しかしニュースとして話題になり、誤訳が真偽を問われることなく世間に広まっています。酷評されたとされる側も被害者ですが、悪口を言ったとされる側も被害者です。そして、誤訳を信じさせられた多くの国民も被害者です。恣意的な翻訳(意図的=悪意)なのか、単に語学レベルの問題(無知=善意)なのか、今後の報道の自浄作用を注視したいと思います。      R.02.11.22