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満足の文化 満ち足りた人々の憂鬱

 【「満足の文化」 著者:ジョン・ケネス・ガルブレイス 訳:中村達也 発行:株式会社新潮社】

 

 およそ30年前に書かれた本ですが、現在の日本や世界で起きている問題を解き明かすヒントが隠されています。現代社会では住むところもなく貧困で苦しむ人々が存在する一方、豪華な邸宅で快適な暮らしを送る満ち足りた人々がいます。社会的な不平等は、なぜ放置され、そして更に拡大を続けるのでしょうか。

 

 満ち足りた人々とは、幸運に恵まれ、それなりの社会的地位や所得を得られる人々です。ガルブレイスは満ち足りた人々の特徴のひとつとして、【大幅な所得格差に対する寛容さ】を指摘します。圧倒的な富裕層はひと握りしかいないでしょうが、いわゆる「中流」と呼ばれる満ち足りた人々の多数派にとって、【金持ちが圧倒的に有利なままでいることは、満ち足りた選挙多数派が、金持ちほどではないが豊かな所得を維持できることの代償】として、違和感を持ちながらも所得格差を受け入れているのです。かつてトリクルダウン仮説が支持された背景でもあります。

 

 更にガルブレイスは、【満ち足りた人々を擁護するきわめてご都合主義的な社会経済理論】の登場も指摘します。民間でできることは民間にまかせ、極力国家の介入を排除する方向で規制緩和をすすめ、【自由放任つまり「市場のなすがままに委ねる」】市場原理主義のことです。タガの外れた市場システムは、企業の存在価値を利潤最大化にのみ求め、公共の利益を無視するきわめて不道徳な思想を自然の摂理と捉えます。

 

 しかし不道徳な思想は、満ち足りた人々にとっても居心地の悪いものです。貧困に苦しむ下層階級の人々の存在は、満ち足りた人々のわずかながらの良心を咎めます。そこで登場するのが「自己責任論」です。貧困はその人自らが招いたものであると信じれば、罪悪感は消えてなくなります。同時に、今の自分たちの地位や収入は、自分たちの努力で勝ち取った成果だと信じることが出来るのです。

 

 ガルブレイスは満ち足りた人々の本性をこう述べています。【満ち足りた人々は短期的な問題には目を向けるが、長期的に満足を妨げるものには目を向けない。長期的影響は見ないようにするという姿勢が、強固に彼らを支配しているのである。】

 

 コロナ禍においてもダメージを受けるどころか、ストックオプションや多額のお手盛り報酬などで潤う人々が存在する大企業や銀行は、公的資金による社会主義的な救済措置で延命させられ、自粛要請の被害者である飲食店などの中小企業や個人事業主は、資本主義的な「自己責任」の名の下で切り捨てられる不公平な社会システム。そのシステム下で進む地球温暖化により多発する激甚災害は、まさに長期的影響を無視した結果です。満ち足りた人々が、短絡的思考を止め覚醒する瞬間が訪れるのを待ちわびる日々です。     R.02.09.10