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ステレオタイプの蔑視 貧困論の根っこ

【「貧困を救えない国 日本」 著者:阿部彩/鈴木大介 発行:株式会社PHP研究所】

 

 早川和男さんの著書「居住福祉」に啓発され、不動産会社の社会的責任と役割について自分なりの考え方を体系的にまとめる為に、日々住まいに関連する社会問題を取り上げた書籍や論文に目を通しています。居住福祉社会の実現には低所得者の居住保障が必要であり、その問題の本質を探ろうと考え本書を手に取りました。

 

 貧困、社会的排除、社会保障論を専門とする社会政策学者と貧困家庭の現場を徹底して見聞きしてきた文筆家の対談をまとめた本書では、国や行政側の視点と貧困の現場の視点のギャップが浮き彫りにされています。精神疾患が生み出す貧困や貧困対策の財源をどこに求めたらよいのかなど、示唆に富む内容でした。

 

 しかし、本書では貧困の現実を訴えかけるのと同時に、著者お二人に根付くステレオタイプの不動産業者への偏見がダイレクトに活字となっていました。識者であろうと専門外の分野に関しては、ネットへの書き込みと同レベルの認識しか持ち合わせていないという現実を目の当たりにすることとなり、とても悲しい気持ちになりました。

 

 本書第三章の「誰が貧困を作っているのか?」の一部を以下抜粋します。

 

 【日本の貧困問題の悪化に加担している存在…悪者はいます。例えば、中間層の可処分所得を減らしている連中。それは新築住宅を無闇に勧める人たちだったり、…この人たち全員に僕は責任を取って欲しいと思うんですけども、…不動産業者には私もあんまり共感することないけど、…不動産はバブル崩壊以降のほうが悪質でしたけどね。リーマンショック時に大流行りした任意売却卸業者なんかにサルベージされたローン破綻者なんか、ほとんどバブル以降の被害者ですよ。…金利政策は新築販売件数に直結しますし、常に政策が「売る側」の味方だったのは、間違いない事実でしょう。…この対談でも、新築住宅の購入を煽り、巨額のローンを抱え、ぎりぎりの生活を強いられている人々が大勢いて、貧困に陥る層も出てくることについて、それは「官製の貧困」だと批判されました。新築住宅の問題に関しては同感なのですが、…】

 

 

 はたしてお二方はどこまで住宅政策や不動産業界の現場をご存知なのでしょう。正直申し上げて住宅政策に振り回される不動産業界の現場に精通しておられる方であれば、抜粋部分のような発言は出てこないと思います。かつてバブル時代に新聞、雑誌、テレビなどの媒体が作り出した不動産業者に対するステレオタイプのイメージが今でも大勢の人々に根強く残っています。一部の事実を切り取り、虚構を作り出す手法は映画やテレビドラマの世界では当たり前かもしれません。しかし、識者の方々が虚構と現実の世界をごちゃ混ぜにしていることに落胆してしまいました。

 

 私も任意売却にかかわったことがあります。相談者の皆さんには様々な事情があり、それぞれ悲しみや怒り、諦めなどの感情を抱いており、携わる我々も少なからず精神的にダメージを受けてしまいます。感情を遮断し淡々とサルベージする業者もいるでしょうが、そんな業者ばかりではありません。私が受けた相談の中には、銀行や保証協会との折衝を重ねることで売却せずに済み続けることが出来た方もおられました。その方のお家の前を通りかかり、以前と同様にお庭の花が綺麗に咲いている様子を見ると、この仕事を誇りに感じ、偏見に負けない気持ちを持つ勇気が湧いてきます。

 

 多くの不動産業者は「売る側」と「買う側」、「貸す側」と「借りる側」両方の味方です。なぜなら皆さんと同じく善良な市民のひとりにすぎないのですから。貧困問題の根っこには、善良な市民を分断する差別や偏見が絡みついている様です。     R.01.08.27